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やまのじんせい

山の人生

柳田 国男

山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页

青空文庫

山人考

一

の神を出でなかったのである。導く人のやはり我仲間であったことは、或いは時代に相応せぬ鄙ぶりを匡しえない結果になったか知らぬが、そのかわりにはなつかしい我々の大昔が、たいして小賢しい者の干渉を受けずに、ほぼうぶな形をもって今日までも続いてきた。例えば稚くして山に紛れ入った姉弟が、そのころの紋様ある四つ身の衣を着て、ふと親の家に還ってきたようなものである。これを笑うがごとき心なき人々は、少なくとも自分たちの同志者の中にはいない。

山人考 大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿

一

私が八九年以前から、内々山人の問題を考えているということを、喜田博士が偶然に発見せられ、かかる晴れがましき会に出て、それを話しせよと仰せられる。一体これは物ずきに近い事業であって、もとより大正六年やそこいらに、成績を発表する所存をもって、取掛かったものではありませぬ故に、一時は甚だ当惑しかつ躊躇をしました。しかし考えてみれば、これは同時に自分のごとき方法をもって進んで、果して結局の解決をうるに足るや否やを、諸先生から批評していただくのに、最も好い機会でもあるので、なまじいに罷り出でたる次第でございます。