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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页

青空文庫

玉井をはじめ小方は、もう、燈台沖までも漕ぎ出しとる。肝腎の永田親方が居らんで、すみますかって」

いったん引っこんだサクは、まもなく、あらわれた。長襦袢のうえに、羽織を引っかけている。髪のほつれも、かきあげていた。

「旦那は、どうしても、お起きになりませんわ」

「死んどるとですか?」

「いえ、死んでは居られんけんど……」

「死んどらん者が、起きんわけがありますか? あんた、ほんとに、起したの?」

「ずいぶん、声をかけてみたのですけど、……ひどく酔ってらっしゃるもんだから……」

「ちょっと、失礼」

マンは、玄関の上り框に、提灯を置くと、草履をぬいで、つかつかと、奥に通った。

家は狭いので、すぐに、永田杢次の寝ている蒲団が見えた。部屋は、青白い。天井のガス燈のマントルが、白い布地の網を、呼吸でもしているように、明かるく、鈍く、光らせている。饐えたような異臭が、鼻を打った。朱の剥げ落ちた箱枕が、永田杢次のビリケン型の禿頭の横にころがり、うつぶせになった半裸体の中老人は、奇妙な恰好に、腕と足とをよじらせて、鋸の目立てのような鼾を、かいている。

マンには、その親方の姿が、鬼火に照らされた墓場で、棺から発きだされた屍骸のように、見えた。