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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页

青空文庫

「他の人は?」

「こちらの井上様も、他の方々と、お入りになっていらっしゃいます。十人くらいは御一緒出来ますから……」

「家族風呂はありませんかね」

「ございますけど……?」

「そちらへ、一人で入りたいんだが、……」

「さよですか?……そんなら、ちょっとお待ち下さいませ。見て参りますから」

変なことをいう客を、女中は不審そうにしながら、出て行った。

入れちがいに、安五郎が、タオルをぶら下げて帰って来た。

「やあ、玉井君、いい風呂だが、入らんかね?」

「ああ」

「それで、財布は?」

「かえった。なにも、なくなっては居らん」

「それはよかった。やっぱり、東京は物騒だなあ。気をつけることにしよう」

廊下に座蒲団を布き、「ああ、富士が見える」そういいながら、坐った。煙草に火を点けて、おいしそうに吸った。

嘗て、金物商の息子であった青年安五郎は、玉井金五郎の行状に強い関心を持ち、早くから知己を得たいと念じていた。そして、長い歳月の過ぎた現在では、対等の友人になっているのである。安五郎は金五郎より七つも下であったけれども、金五郎は、安五郎の教養と、政治的手腕とに敬服していて、年齢を離れた交遊をしていた。