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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页

青空文庫

新之助は、冗談めかして、そういったが、ふっと、眼を伏せ、軽く唇を噛んだ。

もう三十歳に近い百合香は、グレイのスーツを着て、断髪にしている。その洋装がよく似あう。美しい。森夫婦が、いつも、「どうしたわけで、娘がモダン・ガールちゅうもんになったのか」と、苦笑しながら、不思議がっているが、女子大学を出て、東京生活をしているうちに、両親とはかけ離れた近代娘になってしまった。英語や、フランス語も、自由に話す。それでいて、若いころ、君香の仕込んだ踊り、三味線、琴、なども、一人前以上に出来るのだった。

三人は、山を登り、次第に、深い森林の中に、わけ入って行った。猟銃を背にした二人は、老兵のようである。たくましい猟犬のベルが、先に立つ。いろいろな調子で、囀っている小鳥たちの声の中に、目ざす雉子の声を聞こうと努めた。杉、松、檜、樟などが繁茂している緑一色の中に、ところどころ、椿のあざやかな赤が黄色い蕊をのぞかせて、眼にしむ濃さで、点綴されている。丘を登り、丘を降る合間に、林の間から、ちらちらと、真青な響灘が散見した。

「居らんじゃないか」

二時間ほどもうろついてから、新之助ががっかりした声でいう。