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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
「お姐さん、大きな大事が起っちょるばい」
そういって、知らせてくれたのは、豆腐屋の「ノロ甚」だった。ふうふう、息を切らしている。
勝則は、東京に行って、留守だった。
子分連中は、ボーシンの松本重雄をはじめ、みんな、沖の現場に仕事に出ていて、誰もいない。
「市街戦が始まって、うちのオヤジも、巻きこまれちょるごとある」
マンの顔色が変った。炬燵を出た。眠っている猫たちをおどろかさないように、そっと蒲団から抜けると、大いそぎで、着物を脱いだ。金五郎の半ズボンをはき、玉井組の半纏を着た。
ゴム長靴をつっかけて、表に出た。雪がはげしく降っている。
小方長屋の横手を走った。すぐに、谷口政吉の家である。こういう大雪の日は、仕事を休むことをマンは知っていた。
マンは、まっすぐに、厩に行った。赤毛のボロ馬に鞍をつけて、ひきだした。
その物音に気づいたか、政吉がやって来た。馬泥棒とでも思ったらしい。
「政やん、ちょっと、馬を借る」
マンは、そういうと、身をおどらして、馬に飛び乗った。走りだした。
呆気にとられた政吉は、ぽかんと口をあいたまま、叔母の姿が、降りしきる雪のなかに消えて行くのを、いつまでも、見送っていた。