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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
のように)、空白を埋め、整備したいと考えている。思想とともに、恋愛問題も、大切な青春物語として、もう一度、書きなおしたいテーマの一つだ。
父金五郎が死んで八年になる。母マンは七十五になって、なお元気だ。好きな煙草をのむことと、孫たちの世話を焼くことと、古い八角時計にネジを捲くこととを仕事にしている。この時計は『花と龍』の中に出て来るもので、裏には、父の字で、
新仲町 玉井組
明治三十九年四月二日求之
本品ハ請負業開業紀念トシテ
愛智時計店ヨリ買収セリ
一金四円七拾銭也
営業開始ハ二月十九日
と書いてあるが、まだ、かすかながら読みとれる。この年、私は生まれたのである。つまり、玉井組と、私と、時計とが同年のわけだが、玉井組は消滅し、母と私と時計とはまだ残っている。この時計は精工舎製だが、私はその頑丈なのにおどろいている。いまでもシッカリと秒を刻み、大きな音を立てて鳴る。しかし、母の話によると、苦労もしたらしく、米代のカタにとられたり、税金の抵当になって差し押えされたことがしばしばという。その一枚の貼紙が裏側になお残っている。
この時計のほか、父は、私たちになんの財産も残さなかった。