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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页
峡谷の景色が、一足ごとに整ってくる。今あの浅ましいトロッコ電車の上からのぞいて見ると、それでも処々、昔の岨道の残りが、なつかしく眼にうつる。仏石の茶屋のあたり、その最たるものだ。鐘釣温泉も、もはや量も温度も、温泉としての資格を失ったらしい。谷の景色と運命を共にしたのだ。この水力電気という、山の鉄砲虫は、どこまで喰いこんで行くものか。それでなくても、到る所、山の神域は、「下乗」の石が立っていないのをいい事にして、参道から玉垣を越え、神殿までもおかそうとする。まったく大概にしてもらいたい。ものの貴さが解らないくらい、おそろしいことはない。今第一級の国宝になっている偉大な仏像が、維新の当時、道ばたの草むらに捨ててあった話を思い出す。それより、薪にしてしまったのはどうだ。
鐘釣温泉も、かくて昔語りに生きる運命となったか。大正四年、七月から十月小屋じまいまで厄介になった時の、思い出はいよいよ貴い。その前、明治から大正に移る夏、大井川を初めて歩いて、その山と谷に、燃える心身を浸らせたあとで、この黒部の谷は、また大いに自分の心を揺った。上流へさかのぼらん望みは、いよいよ強まった。