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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

その間を抜き足で渡って行けば、柴泥がツルリと足をさらい、氷塊と氷塊の薄暗いはざまから、底冷たく青黒い気が立ち迷って、すさまじい感がする。

振り返って見てびっくりする。大分開けた谷の空は、いつの間にか、まったく雪の毛勝岳の占むるところとなっていた。輝く雪だ、そして草木の緑も輝き、岩の血色も輝く。近山は真黒に針葉樹に尖って、遙か下を岩壁から岩壁へ、谷水が紫気を帯びて砕ける。完全具足した、かなり理想に近い山谷の風景がそこにある。案内者まで讃嘆の声を強いられる。そして登山の客はもっぱら山を嘆じ、山人たちはむしろ小腰をかがめて、この頭を垂れたり、何か帳面に書きつけたりする「旦那」の様子の方を、物珍らしげに眺める……。

祖母谷温泉の二階建は、前年の洪水に半潰れになったまま棄てられて、崖端に危なかしく傾き、はや灌木だの雑草だの四方から、無気味な蒼い手を差しのべている。熱泉はいたずらに、河原へ放流するにまかせ、ある処は噴泉をなして唸り声を挙げつつ、濛々と白烟を立ちのぼらせる。山腹の莎草は、その吐息に逆か撫でされて、無数の蛇のように、うねうねとうねりつ、ひかりつ、ひるがえりつ……。