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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

そうかと思えば、豪雨が俄かに注いできて、前山のしぶきが宿の軒を叩き、方々の空ら谷まで一斉に、急流や瀑布を現出するのに、本谷の水は一向いつもと変らず、澄んでいる場合もある。これら天象の変化につれて、人の心も明暗昇沈の境を漂漾する。浴客は、絶えず細長い上空を仰いでは、その模様について、なにかと語り合っている。決して挨拶ばかりでなく……

浴客の出盛りは、やはり夏の末から、秋の初めにかけてだ。中でも旧盆の前後など、多い時は三百人ぐらいもいる。薪を運ぶ男、火を焚く女、飯を炊く者、汁を煮る者、崖ぷちの共同炊事場は混み合う。坂道を浴場へ通う人たちも、手ぶらのは少ない。手桶を提げる、鉄瓶をさげる、鍋をさげる、徳利を持つ、洗い物を抱える……みんな、久しぶりに得た休息の、ありあまるような時間と精力で、単純な生活をも、できるだけ豊富にしようとして、楽しげにしゃべり合い、笑い合い、しきりと他愛ないままごとにふけっている。

朝起きると、宿は谷間でありながら、水がわり合い乏しいから、本流まで降りて口をそそぐ。水は思ったほど、冷たくはない。峯の雪には遠く、川の中に温泉の湧くにもよるだろう。