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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

そこに何のさまたげるものもなく、ただちに鮮かな血の流れが認められる。それに日に向った側からは、からだも手拭も何もかもが、みな虹のような彩光を放つのだ。一切が明白にして、しかも一種、霊幽の気に満ちた思いがする。ただし光りと熱と湯気に酔って、目がくらみそうになるから、とても長くつかってはおられない。

昼間はそれに、虫が多い。大きな牛虻が来る、小形の虻も二、三種ある。うっかりしていると、所きらわず刺される。驚くほど痛い、キリッと急激にくる。しかし喰いつけばなかなか離れないから、たやすく叩き殺せる。もろくも仰のけに湯の中に落ちて、そのまま漂い流れてゆく……よく見れば、大きな黄緑色の複眼の燦として輝く、美しい虫だ。刺された痕は、しかし別だん腫れたり痛んだりすることはないようだ。

白昼はどうかすると、見る限り、さらに人影も無く、広い浴場はただ光りに満ちて、森閑としていることがある。その静けさをひとり味わっていると、そんな時に限って、よく天蛾の一種(昼行性の小形のほうじゃくの類)が入浴にやって来るのである。翅の強い彼女は、ツーッと勢いよく舞い降りてきて、胸から腹の方へかけて、滑らすように、湯の表面に打ちつける――そうした動作を、す早く幾回か反覆して、又どこともなく飛び去って行く。