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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页
といって、引っ張り凧になっていた。私の処へもよくやってきて、品物と一緒に、ひどい土地なまりで、いろいろの話を置いて行った。浴客は大てい、心が里の方へ向いているらしい。宿の隠居の、あくどい冗談口を、たしなめたりするお婆さんまで、私に向って「あんたも、たまには舟見へなと、行って来ましょ……」と、笑いながら謎めいたことをいう。そういえば、舟見には遊女屋があるのだった。貧しげな家並の浅黄のれんの蔭から、じゅばん一枚の女がチラつく、ひなびた一廓が町はずれにあった。鉱山の上役なども、時々そこらへ出かけて行くらしい様子だった。とかく山奥の方へばかり、ひかれているような私の気持ちは、一緒に歩いた助七たちにも、ひどく解しかねたものらしい。
八月中旬からしばらくは、ほがらかな日が続いた。谷間の空気は、だんだんと乾燥して、透徹してくる。空と山の境界が、おのずとカッキリ見え出す。針葉樹はいよいよ尖って、紫がかった影が彫りつけられ、落葉樹の葉は、いつとはなしに、淡すり黄味を潮しはじめる。とんぼうが群をなして、谷の中空を飛び廻り、のした翅から鋭い光を顫動させる。虫の声はますますしげく、ますます高く、馬追いやコオロギなど、不意に部屋の中の耳元で歌い出す。