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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页

青空文庫

幕府当路の役人は毅堂が房州にあることを全く心づかなかったらしい。金森慎徳なる者の手録した『温古新聞記』というものに、毅堂の『聖武記採要』に関する町奉行所の申渡しが載録されている。それを見ると著者の毅堂は罰せられずして板木を摺ったものが過料に処せられている。『温古新聞記』の録する所嘉永四年辛亥二月二十四日の条に曰く

「同月二十四日落着『聖武記採要』一件。北御町奉行所御掛ニテ去ル戌年十二月十七日御呼出相成ル。是ハ牛込通寺町松源寺ニ同居致候浪人ニテ鷲巣(原本ノママ)郁太郎ト申ス者右ノ書ヲ出板致シ、板行摺ハ神田松永町半次郎ニテ摺上候処右ノ書物段々六ヶ敷相成御詮議厳敷ニ付キ、郁太郎儀半次郎ヘ摺手間ヲ遣ハサズ板木ハ預ケ置キ候儘ニテ欠落致候故半次郎右ノ板摺本等御番所ヘ持出候所郁太郎行衛御詮議有之候得共一向ニ相分ラズ。去ル暮三度迄半次郎御呼出有之当春三度御呼出有リ。今日落着也。過料三貫文。板行摺半次郎。」

この時の町奉行は南御番所が遠山左衛門尉景元、北御番所が井戸対馬守覚弘である。

わたくしは『温古新聞記』を見て、試に牛込通寺町なる松源寺を尋ねて見たが寺は既に他所に遷された後で、毅堂がこの寺に寄寓していた関係を詳にすることができなかった。