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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页

青空文庫

預メコレヲ為サバ如何ト。君乃チ一策ヲ進メ京紳ノ間ニ周旋ス。事輙チ行ハレズ。他日石河鵜飼ノ諸氏遊説スルヤ別勅終ニ降ル。アルイハコレニ基クカ。」としてある。

八月四日前将軍家慶の葬儀が芝増上寺において行われた。枕山らが年々催す中秋の観月はこれがために今年は廃せられた。湖山の絶句に「白雲明月夜悠悠。一酔何堪消百憂。莫怪江湖閑散客。也因世故廃中秋。」〔白雲明月夜悠悠/一酔何ゾ百憂ヲ消スニ堪ヘンヤ/怪シム莫カレ江湖閑散ノ客/也世故ニ因リテ中秋ヲ廃スヲ〕

湖山はこれより先嘉永四年の冬褐を釈き、参河国吉田の城主松平伊豆守信古の儒臣となっていたので、海防に関する意見書を藩主に呈し、また人を介して老中阿部伊勢守正弘の手許にも建白する所があった。

十月十七日毅堂枕山の二人は鈴木松塘に誘われ、早朝相携えて家を出で、巣鴨滝野川あたりの勝景を探り、王子村の旗亭に酒を酌んで詩を唱和した。毅堂が上総国久留里の藩主黒田豊前守直静に聘せられ下谷御成道の上屋敷に出仕したのはあたかもこの時分であろう。毅堂は十人扶持を給せられた。この年の『武鑑』及『日本藩史』を見るに、黒田家では翌年四月に豊前守直静が世を去って、六月に直静の弟淡路守直質が封を襲いだ。