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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页
除非乞詔僧文覚。千歳寥寥独有君。」〔穿入ス京城五彩ノ雲/昂然トシテ野鶴※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)羣ヲ出ヅ/除詔ヲ乞ヒシ僧文覚ヲ非ケバ/千歳寥寥トシテ独リ君有ルノミ〕の絶句を賦した。武四郎は堤少納言に謁して関白鷹司家を説いたが到底事の行われがたきを知って江戸に還ろうとする途中箱根において捕えられた。しかし武四郎は厳しく罪を問わるるに及ばずして放免せられたものらしい。安政二年武四郎は堀織部正が箱館奉行の職にあった時奉行所の筆記役となっている。
松浦武四郎の捕縛せらるるや、山形侯水野家の儒者塩谷宕陰は藤森弘庵の安否を憂慮し窃にその家を訪い密事の真偽を問うた後、毅堂との交を避けるように勧告した。しかし幸にしてこの時には弘庵も毅堂も倶に幕府の嫌疑を受けなかった。三島中洲の作った碑文にこの時の事を記して「癸丑ノ夏米利堅果シテ来テ互市ヲ乞フ。君慨然トシテ『告詰篇』一巻ヲ著シテ水戸烈公ニ献ズ。コノ時ニ当リ徳川温恭公新ニ立ツ。天使マサニ就テ大将軍ニ拝セントス。藤田東湖藤森弘庵窃ニ君ニ謀ツテ曰ク幕吏因循ニシテ恐ラクハ膺懲ノ任ヲ尽スコト能ハザラン。天使モシ別勅ヲ齎シコレヲ責メンカ、アルイハ奮起スル所アラン。