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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页

青空文庫

という雑誌を発行して諸名家の詩文を掲載した。春濤に贈った毅堂の律詩に曰く「家具無多載研移。東台山麓小湖※(「さんずい+眉」、第3水準1-86-89)。寄身猶係独弥止。増価応同摩利支。万首詩篇一枝筆。十年生計両顱糸。城中早已伝佳句。皆恨才人相遇遅。」〔家具多ク無ク研ヲ載セテ移ル/東台山麓小湖ノ※(「さんずい+眉」、第3水準1-86-89)/身ヲ寄セルモ猶係ル独弥止/価ヲ増スコト応ニ同ジカルベシ摩利支/万首ノ詩篇一枝ノ筆/十年ノ生計両顱ノ糸/城中早ニ已ニ佳句ヲ伝フ/皆恨ム才人相遇フコトノ遅キヲ〕

これより先明治三年の九月、房州の鈴木松塘もまた向柳原二丁目に卜居しその詩社を七曲吟社と名づけた。浅草鳥越の辺から向柳原の地を俚俗七曲りと呼んだのに因ったのである。斯くの如く下谷和泉橋のあたりは明治七、八年の頃に至って再び安政文久当時の如く文人騒客の門墻を接する地となった。

明治八年乙亥の九月に森春濤は社友の詩を編選して『東京才人絶句』二巻を刊行した。これと時を同じくして枕山の詩社からは『下谷吟社詩』三巻が出版せられた。松塘の社中から『七曲吟社絶句』初編二巻が出たのは少しく後れて明治十二年己卯の秋であった。