轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页

青空文庫

秋雨春風往又還。書剣三年飢走客。馬頭飽見総房山。」〔糸ノ如ク官道汀湾ニ傍フ/秋雨春風往キテ又還ル/書剣三年飢走ノ客/馬頭見ルニ飽ク総房ノ山〕と吟じた。東金の寓舎にあっては「只道悪帰勝美遊」〔只道フ悪帰ハ美遊ニ勝ルト〕といい泉村を過ぎては「山風不管帰愁切。」〔山風管セズ帰愁切ナリ〕の語を洩した。要するにこのたびの房総行は初より興がなかったものと思われる。これに加るに枕山は或日道に酔うて折角懐中にした売文の銭を落してしまった。『詩鈔』に「遺金歎」五言古詩が載っている。

枕山が家に還ったのは五月の初である。正にこれ「蒲緑榴紅雨霽時。」〔蒲ハ緑榴ハ紅雨霽ルル時〕にして、江戸の町々には鍾馗を画いた幟がひらめいていた。五月十二日に枕山は竹内雲濤、大沢順軒らと共に都て四人、舟を柳橋に艤して月を賞した。七律の頸聯に「只得佳人頻一笑。何妨才子共長貧。」〔只佳人ノ頻リニ一笑スルヲ得/何ゾ妨ゲンヤ才子共ニ長貧ナルヲ〕と言っているから酒を侑る美人も舟の中にいたのであろう。

梅雨の一日、枕山は横山湖山と共に竹内雲濤が海棠詩屋と称した神田旅籠町の家に往きその詩会に列席した。