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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页
湖山が房総に遊んだのは天保十年である。『房山集』を著した枕山の感想も思うにまた湖山と多く異るところがなかったであろう。
星巌夫妻の遊跡をその詩賦に徴するに、行徳より道を北に取って、まず相馬の城址を探り、三月十五日の夕暮に木颪から舟に乗り月夜利根川を下って暁に潮来に著した。香取鹿島を巡り佐原より舟行して銚子に抵り、九十九里浜を過ぎて東金に往き門人遠山雲如をその村居に訪うた。雲如は江戸の人、詩酒風流のために家産を失い東金に隠棲している奇人である。星巌夫妻は東金を発して勝浦を過ぎ房州の沿岸を廻って洲ノ崎、館山を経て富津に来り、木更津より水路を行徳に還った。行徳より更に舟を倩い江戸鉄砲洲に向ったのは七月の某日であった。帰帆の作に曰く「六幅蒲帆破浪行。帰烏没処是金城。喜心何啻坡翁鐸。到耳逢逢暮鼓声。」〔六幅ノ蒲帆浪ヲ破リテ行ク/帰烏没スル処是レ金城/喜心何ゾ啻坡翁ノ鐸ノミナランヤ/耳ニ到ル逢逢タリ暮鼓ノ声〕
枕山は星巌の東遊中ひとり芝山内の学頭寮に留っていたらしい。この年の集には僧房精舎の光景また増上寺附近の勝地を詠じた作が多いからである。赤羽橋の絶句に「南郭翁ヲ懐フアリ悵然トシテ咏ヲ成ス。