轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页
この夜枕山湖山らの月を賞した棹月楼は橋場の酒楼柳屋のことである。柳屋は天保十一年八月から新に店を開いた事が『武江年表』に記載せられている。わたくしは天保の改革当年の世相を窺う一端として枕山が観月六首の中から次の一首を摘録する。「禁奢令出城中粛。無復遊船簇水津。好在白鴎沙上月。最円夜属最閑人。」〔禁奢令出デテ城中粛タリ/復ビ遊船ノ水津ニ簇マル無シ/好在白鴎沙上ノ月/最モ円ナル夜ハ最モ閑ナル人ニ属ス〕
十二月二十四日は枕山が父竹渓の十七年忌に当るので、梅痴上人は枕山のために竹渓父子の知人を増上寺の学寮に招いで盛大なる法筵を営んだ。枕山は「アヽ上人ノ先考ニオケルヤ半面ノ識アルニ非ズ。シカモ高誼此ノ如シ。豈不肖余ノ故ヲ以テニアラズヤ感歎ニ堪ヘズ。」となし絶句六首を賦した。この日法筵に列した人の中その姓氏の明なるものは塩田随斎、南園釈密乗、横山湖山の三人である。
南園上人、姓は平松、名は理準、字は密乗また麗天、その号は南園また小自在庵という。寛政八年某月某日、美濃国大垣なる浄土真宗の某寺に生れ、少くして京師に遊学し旁ら中島棕隠、頼山陽の二家について詩を学び、文政六年頃、その年二十五、六歳にして江戸に来り、上野東叡山の学寮に入りまた詩を大窪詩仏、大沼竹渓について学んだ。