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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页
其処は神田区松枝町二十三番地である。大正六年玉池仙館は主人石※(「土へん+隶」、第3水準1-15-50)翁の名古屋に帰臥するに臨んで日本橋の富商某氏の有となり、大正十二年九月の大火に燬かれた。その翌年某月石※(「土へん+隶」、第3水準1-15-50)翁もまた世を去った。庚を享ること八十歳という。
弘化二年の季夏星巌西帰の後、枕山湖山の二詩人は中秋の夜相携えて隅田川に例年の遊びを継いだ。『湖山楼詩稿』に「是日陰雲四塞。」〔是ノ日陰雲四ニ塞グ〕といってある。湖山は星巌の帰国した後芝山内の或学寮に寄寓していたのであるがあたかもこの八月中に麹町平川天神の祠畔に家を借りて移り住んだ。
十二月に枕山はかつて天保十一年に刊刻した『枕山詠物詩』を再板するに当り、梅痴上人の詠物詩をも編選して併せてこれを刊刻せんとした。『梅痴詠物詩』の初に載せてある枕山の序を見るに、「余梅痴上人ノ山房ニ寓スルコト殆五、六年ナリ。ソノ間啻ニ禅ヲ談ジ道ヲ問フノミナラズ花月ノ唱和マタ虚日ナシ。故ヲ以テ余ノ上人ニオケルヤ交情最熟ス。上人夙ニ相宗ノ学ヲ以テ叢林ニ称セラル。ソノ韻語ニオケルヤ固ヨリ遊戯余事ニ属ス。