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やまのじんせい

山の人生

柳田 国男

山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页

青空文庫

今こそ狼は山の神の使令として、神威を宣布する機関に過ぎぬだろうか、もし人類の宗教にも世に伴う進化がありとすれば、かつては狼をただちに神と信じて、畏敬祈願した時代があって、その痕跡は数々の民間行事、ないしは覚束ない口碑の中などに、たどればこれを尋ね出すことができるわけである。山に繁殖する獣は数多いのに、ひとり狼の一族だけに対しては、産見舞という慣習が近頃まであった。遠江・三河には限ったことではないが、諸国の山村には御犬岩などと名づけて、御犬が子を育てる一定の場処があった。いよいよ産があったという風説が伝わると、里ではいろいろの食物を重箱に詰めて、わざわざ持参したという話は珍しくない。ただし果して狼の産婦が実際もらって食べたか否かは確かでない。津久井の内郷などでは赤飯の重箱を穴の口に置いてくると、兎や雉子の類を返礼に入れて返したなどともうそろそろ昔話に化し去らんとしているが、秩父の三峯山では今もって厳重の作法があって、これを御産立の神事というそうである。『三峯山誌』の記するところによれば、御眷属子を産まんとする時は、必ず凄然たる声を放って鳴く。心直ぐなる者のみこれを聴くことを得べし。