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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
と謂ひたりとなん。」
山男が市に通うということは、前の五葉山の猟人の話にもあったが、これまた諸処に風説するところである。津村正恭の『譚海』巻十一に、
「相州箱根に山男と云ふものあり。裸体にて木葉樹皮を衣とし、深山の中に住みて魚を捕ることを業とす。市の立つ日を知りて、之を里に持来りて米に換ふる也。人馴れて怪しむこと無し。交易の外多言せず。用事終れば去る。其跡を追ひて行く方を知らんとせし人ありけれども、絶壁の路も無き処を、鳥の飛ぶ如くに去る故、終に住所を知ること能はずと謂へり。小田原の城主よりも、人に害を作す者に非ざれば、必ず鉄砲などにて打つことなかれと制せらるゝ故に、敢て驚かさずと云ふ。」
こうあるけれどももちろん噂話で、必ずしも小田原の御城下まで、この連中がうろうろしていたことを意味するのではあるまい。第一に川魚はこの海辺では交易にもならず、木の葉を着ていたら、なんぼでも人馴れて怪まずとは行くまい。ただこの人中にも一人や二人はいるかも知れぬという程度に、輿論が彼らを尋常視していたことは窺われる。岩手県海岸の大槌の町などでも、市の日に言葉の訛りの近在の者でない男が、毎度出てきて米を買って行った。