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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
素人は魔所などといえば、往来不可能の谷底のように考えるけれども、事実はかえって正反対であるという。或いはまた山の高みの草茅の茂みの中に、幽かに路らしいものの痕跡を見ることがあると、老功な山稼人は避けて小屋を掛けなかった。即ち山男・山女の通路の衝なることを知るからである。国道・県道という類の立派な往還でも、それより他に越える路のないところでは、夜更けて別種の旅人の、どやどやと過行く足音を聴いた。峠の一つ屋などに住む者は、往々にしてそんな話をする。もちろん或る場合には耳の迷いということもありうるが、山人とても他に妨げさえなくば、向うの見通される広路を行く方を、便利としたに相異ないのである。
百五十年ほど前に三州豊橋の町で、深夜に素裸ではだしの大男が、東海道を東に向って走るのを見た者がある。非常な速歩で朝日の揚がるころには、もう浜名湖の向うまで往っていた。水中に飛込んで魚を捕え、生のままで食っているのを見て始めて怪物なることを知ったと、『中古著聞集』という豊橋人の著書には書いてある。彼らに出逢ったという多くの記事には、偶然であった場合に限って、彼らの顔にもやはり驚駭の色を認めたといっている。