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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
天狗の方にも名山霊刹の彼らを仏法の守護者と頼んだもの以外に、尋常民家の人であって、やはり時としてかの珍客の訪問を受けたという例は相応にあった。その中でもことに有名なのは、加賀の松任の餅屋であったが、たしか越中の高岡にも半分以上似た話があり、その他あの地方には少なくとも世間の噂で、天狗の恩顧を説かるる家は多かったのである。今ではほとんと広告の用にも立たぬか知らぬが、当初は決してうかうかとした笑話でなかった。訪問のあるという日は前兆があり、またはあらかじめ定まっていて、一家戒慎して室を浄め、叨りに人を近づけず、しかも出入坐臥飲食ともに、音もなく目にも触れなかったことは、他の多くの尊い神々も同じであった。災害を予報し、作法方式を示し、時あって憂や迷を抱く者が、この主人を介して神教を求めんとしたことも、想像にかたくないのであった。すなわちただ一歩を進むれば、建久八年の橘兼仲のごとく、専門の行者となって一代を風靡し、もしくは近世の野州古峰原のように一派の信仰の中心となるべき境まできていたので、しかもその大切なる顕冥両界の連鎖をなしたものが、単に由緒久しき名物の餡餅であったことを知るに至っては、心窃かに在来の宗教起原論の研究者が、いたずらに天外の五里霧中に辛苦していたことを、感ぜざる者は少なくないであろう。