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やまのじんせい

山の人生

柳田 国男

山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页

青空文庫

これに反して足利時代の終りに近く、諸国にこの人が生きていたという話の多いのは、正しく八百比丘尼と同系統の現象であった。事のついでに少しくあのころの世間の噂を比較してみると、例えば会津の実相寺の二十三世、桃林契悟禅師号は残夢、別に自ら秋風道士とも称した老僧はその一人であった。和尚は奇行多くまた好んで源平の合戦その他の旧事を談ずるに、あたかも自身その場にいて見た者のごとくであった。無々という老翁の石城郡に住する者、かつて残夢を訪ねてきて、二人で頻りに曾我の夜討の事を話していたこともあった。しかも曾我とか源平合戦とかがもうちゃんと書物になっていることを知らず、あまり詳しいので喫驚するような人が、まだこの地方には多かったらしいのである。年を尋ねると百五六十と答え、強いて問いつめるとかえって忘れたといって教えなかった。然らば常陸坊海尊だろうと噂したというのは、恐らくはこのころすでにかの仙人がまだ生きてどこかにいるように評判する者があったからであろう。また別の伝えには福仙という鏡研ぎがきた。残夢これを見て彼は義経公の旗持ちだったというと、福仙もまた人に向って、残夢は常陸坊だと告げたともいうが、そんな事をすれば露れるにきまっている。