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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
童子幼名を外道丸と名づけられ美童であった。父の名は否瀬善次兵衛俊兼、戸隠山九頭竜権現の申し児であって、母の胎内に十六箇月いたというだけが、親に迷惑をかけたといえばかけたのである。和納の楞厳寺で文字を習い、国上の寺に上って侍童となるまでは不良少年でも何でもなかった。茨木童子の故郷も摂津にある方が正しいのかも知れぬが、これまた越後にも一箇処あって、今の古志郡荷頃村大字軽井沢、茨木善次右衛門はその生家と称し、連綿として若干の記憶を伝えていた。例えば家の背後に童子が栖んだという岩屋、それは崩れてその跡に清き泉湧き、流の末には十坪ばかりの空地あって、童子出生の地と称して永く耕作をさせなかった。悪人に対する記念ではなかったのである。
摂州川辺郡東富松の部落においては、すでに茨木童子の家筋は絶えたかわりに、更に一段と心を動かすべき物語が残っていた。『摂陽群談』巻十に曰う。童子生まれながらにして牙生い髪長く、眼に光あって強盛なること成人に超えし故に、一族畏怖してこれを茨木の辺に棄てたところ、丹波千丈岳の強盗酒顛童子拾い還りて養育して賊徒となす云々。しかも両親がのちに病に罹って同じ枕に寝ているのを、術をもって遙かにこれを知り、心配をして見舞に還ってきたというのは、やはり松崎の寒戸の婆などの例であろう。