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しん・へいけものがたり
新・平家物語
吉川 英治
02 ちげぐさの巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页
『いや、意地だ。たれもかれも、四白は凶馬だといいおるから』
『鞭加持は、やったか?』
『鞭加持。そんなことは、おれはやらん。あれも、滑稽きわまる迷信だ。坊主に、鞭の加持祈祷をしてもらって、それで勝てると思って競馬へのぞむ騎者たちの気がしれない。……そういう愚まいな者の眼をさましてやろうと思っていたが』
清盛は、かれの言葉の途中から、ふと、遠くへ、眼をそらしてしまった。いま、太鼓のあいずと一しょに、馬出しから、ぱッと、埃をあげて馳け出した二騎の勝負木の方へではなく――反対な桟敷の一角を見上げてである。
『……?』
無数の男女のあいだに、母の姿が見えたのである。母の泰子は、そのまわりにいるどんなたけた女性たちよりも、断然、美しく、そして華やかに粧っていた。
人びとの眼はみな長い馬場の果てへ吸いつけられている。――が、母の眼は、こっちを見ていた。清盛の眼と、むすびついた。母は、眼で自分を呼んでいる……。が、清盛は、にらみかえした。母が今出川の家を去ったあの日の眼で――清盛はきつくにらみ返していた。
泰子の眼は笑っている。かの女にも母性らしいものはあるのだ。子どものすねるのを可笑しがるように、なおも眼でさし招いている……、そして、そばに連れている瑠璃子に何かいっていた。