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しん・へいけものがたり

新・平家物語

吉川 英治

02 ちげぐさの巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页

青空文庫

栗鼠の夢

六条洞院裏の遊女の寝すがたも、一しょに思い出されてくる。かれには、恋の対象すらまだ的確につかめもしていないらしい。恋みたいに考え出すのは、すべて単なる機会であった。――早く娶えるなら、瑠璃子でも、六条の遊女でも、乃至また、どこかのどんな女でもいいと思った。

栗鼠の夢

月のいい晩がつづいた。山野でも、恋する鹿だの、野葡萄に踊るリスだの、動物たちも月夜の生理に浮かされるというが、清盛もなんとなく、やしきにしりがおちつかない。

かかる夜を――とかれは、弟の経盛を見ては、何か、茶化してやりたくなった。去った母が、残していった古机の横に、小さい灯皿を架けて、もっともらしく読書にばかりふけっているのだ。こいつは、十八にもなって、まだ心に女ももとめていないのかしら。つまらぬやつを弟に持ってしまったもの。――そう、嘆じてやりたく思う。

経盛輩の読書なら、のぞいてみなくても、かれには、およそわかる気がした。

勧学院や大学寮の文庫棚には、醍醐朝まえに輸入された宋版の儒書が、読みてもなく、久しくムシに蝕わせてあった。

それを、たれともなく持ち出して、素読したり、輪講したりする風が、近ごろ、若い地下人なかまに見えるとは、父忠盛も、いっていたことである。