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かせいのまじゅつし

火星の魔術師

蘭 郁二郎

蘭郁二郎『火星の魔術師』。同一底本的分册已合并为一书。收入:火星の魔術師、夢鬼、歪んだ夢、魔像、白金神経の少女、睡魔、地図にない島、宇宙爆撃、蝱の囁き。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,120 字 · 302 页

青空文庫

……翌日は、昨夜の暴風雨に引かえ、何処までも澄んだ蒼穹が訪れた。

黒吉は、ゆうべの偶然な出来事を、独り反芻して愉しもうと、小屋の丸太を伝いながら、上って行った。

天辺まで行って、首を出した、と同時に、眼に這入ったのは、恰度真向うの、水蒸気を含んで、輝いている森の姿だった。

(綺麗なもんだなア、――けれど)

胸の端を、ちょいと横切ったのは、「葉子」だった。その瞬間、この少年には、葉子の方が、もっと生々しい、美を持っているように思えた。

(森なんか……)

そう呟くと一緒に、彼は、耳元で話掛られて、思わず、丸太を掴んだ腕が、ビクッと震えた――いままで、人に話掛られて、いい事なんか殆どなかったから――

「森なんか、なんだっていうの、黒ちゃん」

黒吉は、返事が出来なかった。何時来たのか眼の前には、葉子が立っているのだ。

それに、いままで、「黒ちゃん」なんて、優しく呼ばれた事は、誰からも、ただの一回もないのだから……。

「何を考えてんのよ」

葉子は、暖かい陽の中で、愛らしく笑っていた。

「森、みてたんだ」

黒吉は、彼女の顔を正面に見る事が、出来なかった。そして、足の先きを、ごそごそ動かしながら、打切棒に、こういった。