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かせいのまじゅつし

火星の魔術師

蘭 郁二郎

蘭郁二郎『火星の魔術師』。同一底本的分册已合并为一书。收入:火星の魔術師、夢鬼、歪んだ夢、魔像、白金神経の少女、睡魔、地図にない島、宇宙爆撃、蝱の囁き。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,120 字 · 302 页

青空文庫

五ノ四

「じゃ……一寸行って来ます」

黒吉は、それだけいうと、親方が返事をしない中、早々に部屋を飛出した。

五ノ四

彼は、急いで肉襦袢を舞台用のものに着換えると、いつものように、ジンタの行進に送られ、葉子と一緒に、舞台には立ったが、ともすれば心は、あの指輪の紛失に奪われ勝ちだった。

(こんなことを考えていて、失敗したら大変だぞ)

黒吉は、大きく頭を振って、その心配を振落し、葉子にちらりと眼くばせすると、何時ものように、するすると身軽く、天井のブランコに綱を伝って上って行った。

そして、要心深く、ブランコに乗って、一つ二つと、心を落着けながら、ゆらし始めた。

彼の目の前には、もう親方も指輪も、観客もなく、妖しい縞を織った世界が激しく去来し、唯一つ葉子の乗ったブランコのみが、或る時は、遠く針のように痩せたかと思うと一瞬にして眼一杯に立ち拡がり、すぐ又、糸のように視界を顛落していた。

(よし――)

黒吉の血は、全部、神経と入れ換った。彼の体は、ブランコを離れたのだ。

パッとあたりは闇になった(或は彼が、眼をつぶったのかも知れない)次の瞬間、なぜか小屋の隅の洗面所のあたりが、薄々とではあったが、眼の前に浮んだ。