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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页

青空文庫

金五郎さんも、そうとちがうの?」

「馬鹿なこと、いいなさんな」

「どうか知らん……? わたしのほかに、女でもこしらえたら、承知せんけん」

「お前こそ、間男すんなよ」

若夫婦は、はじめての焼き餅喧嘩の真似ごとをして、げらげらと、笑いあった。

マンの意見にしたがって、すぐに、出発することにした。

「なんでも屋」や、「ノロ甚」は、おどろいたけれども、金五郎とマンとが、格別に悲しんでいる様子もないのを見て、いくらか、安堵した。島を追われる二人は、かえって、勇気凜々としているようにさえ見えた。

陰険な山下松次は、はじめから終いまで、顔を出さない。しかし、なにかの指命が組内に発せられた模様で、金五郎とマンが島を出て行くのに、仲間は、一人も姿を見せなかった。

桟橋まで、「なんでも屋」と、「ノロ甚」とが来ただけである。伝馬船に、世帯道具を積んだ。「ノロ甚」が、櫓を漕ぐ。「なんでも屋」は、餞別に、金五郎夫婦の寝ていた煎餅蒲団を、二枚くれた。

関門海峡には、どんよりとした雲が映って、重苦しい波が騒いでいる。

「さようなら、達者でな」

そういう「なんでも屋」のしょぼついた眼に、いっぱい、涙がたまっていた。