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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
その気配に、
「おマンけえ?」
ランプの下から、母イワが、ワラジ編む手を休めて、表の暗がりをすかして見た。
「はい」
と、しかたなく、答えた。
「お父っあんには、逢わなんだけえ?」
「いンね」
「山に居ったんじゃあ、なあのけえ?」
「煙草畠に行っとりました」
「やンれ、やンれ、お父っあんは、炭焼小屋じゃろうというて、山の方に、お前を迎えに行きんさったんじゃが。今日は、朝っぱらから、たいそう、狐どんが鳴きよるけえ、おマンが化かされたらいけん、というて……」
「すみません」
マンは、牛小屋に行った。犬も、ついて来た。牛は、もう、マンの足音を知って、小屋の板壁を角でつき、足踏みをはじめた。去年生まれた小牛と二匹、親子ともよく彼女になついている。ブルルルと鼻を鳴らす。歓迎の啼き声を出す。
牛小屋に入ると、マンは、棚のうえのランプに、火を点じた。飼料桶に、藁を入れてやった。牛は親子で、早速、それを食べはじめる。
マンは、牛小屋の戸をしめ、ふところから、二通の封書をとりだした。耳をすまし、誰も来る気配のないのをたしかめてから、兄林助の手紙から先に、封を切った。
小学校三年を中途でやめた兄の手紙は、片仮名で、ところどころに入っている漢字は、全部、嘘字である。