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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
にやけた声で、しかし、威嚇するように、善助を口説く。
「僕が、一口きいたら、今日にでも、マン坊は、工場をクビになるんだよ。まったく、僕のおかげですよ」
善助は、苦虫をかみつぶした顔で、答えない。やけに、鉈豆煙管で、煙をふかす。イワも、無言で、ワラジを編む。
或る雨のそぼ降る日、工場の入口から入って来た男を見て、マンは、思わず、手元が狂った。庖丁で、指を切った。
「やあ、精が出よるなあ」
「鬼」であった。相かわらず、黒の詰襟服、黒カバン、黒帽子の大男は、にこにこしながら、まっすぐに、マンの方に歩いて来た。女工たちの間に、くすくす笑いがおこった。
マンが、血のふきでた左の親指を口にくわえて、無言でつっ立っていると、役人は、
「怪我したのかね、どれ」
と、親切そうに、赤ら顔をつきだした。ドブロクくさかった。
「なんでも、なあです」
「そうかい」と、憎々しげにうなずいたが、仕事をしている女工たちを見まわして、「やあ、模範的娘ばっかりの展覧会だなあ」
そういって、身体中をゆすりながら、意味ありげに、哄笑した。
マンは、歯を食いしばった。「鬼」が、水車小屋の中で、罪を帳消しにしてやるからといって、身体を求めてきたとき、「みんな、そうするんじゃがなあ」