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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
そのときの菊と、今、手にしている花と、においが寸分ちがわない。
「あなた」
と、また、聞えた。
金五郎は、うすく、眼を開いた。意識が朦朧としていて、夢と現実との境がはっきりしなかったけれども、霞をかけたような視野の中に、幻のように、妻の顔を認めることが出来た。
「マン」
反射的に、その声が出た。しかし、それは、呟きのように低く、力のない声で、かすかに、唇が動いた程度にすぎなかった。マン一人に聞きとれただけだ。
そして、マンがはげしく号泣する声を聞きながら、金五郎は人事不省におち入り、またも、深い昏睡の中に、意識をうしなって行った。そこには、もはや、夢もなく、死の暗黒があるばかりだった。
病室には、マンの外、子分連中と四五人の見舞客がいた。
嵐の夜、金五郎が奇禍に遭って以来、病室には客が殺到した。しかし、「玉井金五郎が殺された」――それは決定的な噂になって、街にひろがっていたので、どの客の顔も沈痛だった。誰も見舞ではなく、お悔みに来るのである。
常に金五郎の後楯になっていた大庭春吉の歎きは大きかった。
「おれが殺したようなもんじゃ」
そういって、男泣きに泣いた。