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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
掏摸の姿はちらちらとしか見えない。よれよれの単衣に、千断れかかった三尺をしめた、もう六十を越えた男だ。無帽の頭は五分刈で、まっ白い。草履はとっくに脱ぎすてて、必死で走っている。
金五郎は速力を落した。自分が追っかけなくとも、掏摸がかならず捕まることがわかったからだ。まだ午後三時の真昼間、場所は東京駅前の雑沓、掏摸はよぼよぼに近い老人、到底、逃げ終せることは不可能である。
「掏摸だ。掏摸だ」
と、掛け声のように、絶叫する群衆の声を聞いて、交番から、巡査も駈けだして来た。
金五郎は安心して、ゆっくり歩いた。あわただしい気持ながら、心に余裕が出来て、あたりを見まわしたりもした。赤煉瓦の荘重な東京駅、中央郵便局、聳えたつ丸ノ内ビルディング、その他の宏壮華麗な建築物の列、はるかに望まれる宮城、コンクリートで堅められた駅前広場、走る電車、自動車、人力車――大都会の美しい玄関を、感歎して眺めた。
すると、金五郎は妙なことに気づいたのである。
やはり、ほんとうの関心は掏摸に向けられていたのだが、その掏摸が、こけつまろびつ、がむしゃらに逃れて行く姿を見ていて、ほっと胸にひびいて来たものがあった。