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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
一人の男が、群衆をかきわけて、降車口から、表へ飛びだした。
掏摸と聞いて、金五郎は、反射的に、手をポケットにやってみた。上衣の内ポケットに入れておいた財布がない。
「東京はチボが多いというけ、気をつけなさいよ。人を見たら泥棒と思え、――そんな気持でいたら、恰度ええんですって」
出発のとき、マンから、笑いながら、そんな注意をされたのに、忘れてしまっていた。誰も彼もを泥棒と思うなどというような、根性の悪さは愉快ではなかったし、油断をしていたわけではないけれども、ぽかんと天井の絵を見あげていたときには、まったく、放心状態であった。本場の掏摸にとっては、そんな田舎者の懐中を抜くほど、たやすいことはないであろう。有金残らずと、大切な書付、印鑑などが、みんな大きな財布に入れてあった。
(しまった)と思い、あわてて、降車口から出た。
「玉井君、どこへ行く?」
井上安五郎が、顔色変えて飛びだす友人に、不審顔で訊いた。
「やられた」
「今の掏摸に?」
「うん、諸君は先に宿に行っといてくれたまえ。後で行くから……」
捨台詞のようにいい残して、走った。
丸ビルの方角に向かって、群衆がなだれて行く。