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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页

青空文庫

「やあ、親子で、魚取りですかな」

夜業があるとみえて、まだ聯合組事務所にいた新谷勝太郎が、にこにこ顔で、声をかけた。玉井組の子分であった新谷は、聯合組の甲板番になっていた。

「うんと取って来てやるけ、酒の燗でもつけて待っときなさい」

金五郎も、笑って、答えた。

月明である。春の夜の洞海湾は、波も立たず、月かげをただよわせて、おぼろに霞んでいる。沿岸や港内には、イルミネーションのように、電燈がともり、夜業をしている船から聞える、ウィンチを巻く蒸気と機械の音が、夜の空気をゆるがせる。八幡製鉄所の熔鉱炉の火が天に反射して、赤の色が呼吸している。

「中ノ島に行こう」

勝則が櫓をあやつって、船をすすめると、金五郎は舳に腰かけて、網をしらべる。どちらも、水に濡れてもよいような菜ッ葉服、半ズボン、草履をはいている。

「ここらで、一網入れてみよう。……控え廻してくれ」

中ノ島の岸近く、船を止めた。

金五郎は、跣足になって、舳に立った。左腕に託していた投網を、二三回、反動をつけ、腰をひねって、さッと、海面に投げた。要領がよい。力も強いので、網は一杯にひろがって、シャワァッと、海面に落ちて沈んだ。