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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页

青空文庫

の文字が読まれた。

切れ戸の燈台の灯が近づいて来たとき、軽い口調で、

「勝則」

と、呼んだ。

「はい」

「お前、光丸という芸者を知っとるか」

息を呑むように、瞬時、ためらったが、

「知って居ります」

「その芸者に、許婚があること、知っとるか?」

はっとしたはずみに、手元が狂って、櫓が外れた。

「代ってやろう」

金五郎は立ちあがって、櫓を取った。櫓臍に填めて、漕いだ。

勝則は、舳に腰を下した。父に顔をそむけ、夜光虫の光る青白い波に、瞳を落した。

「辻木の養女の光丸には、定められた男がある。来春、学校を出次第に、光丸と結婚することになっとる。……このこと、知っとったか?」

「知りませんでした」

うなだれて、力のない声で、答えた。

「そうか。そんなら、知らせとく。仲介は、友田喜造ちゅうことじゃ。そのことも、知らせとく」

船のうえには、しばらく、人間の声が絶えた。櫓の音と、かすかな波の音だけ、伝馬船は切れ戸近くに来た。すこし、波が荒くなった。

「この辺でよかろ。……勝則、一網、入れてみんか」

勝則は、無言で、立ちあがった。草履を脱いだ。網を取りあげて、舳に突っ立った。

ちょっとの間、海面を眺め、見当をつけていたが、反動をつけて、網を投げた。