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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页

青空文庫

向こう鉢巻をした助役の巨漢は、一軒の戸口の前に来て、急に、顔色を変えた。

「なんてや、それ、ほんとか?」

喪心せんばかりに、狼狽した声で、喚いた。

「ほんとです」

寝ぼけ眼の男が、今にも叩かれはせぬかと、もう首をちぢめて、おどおどと答えた。

「畜生奴、尻割りやがったか」

助役は、呻いた。

「昨夜は一緒に寝たんです。たしかに、六人、蒲団をしいて、蚊帳に入りました。それなのに、今、ボーシンさんに起されたら、わたし一人しか、いないんで……」

「間抜け奴」

予期していたとおり、鉄の八ツ手のような平手が、風をおこして飛んで来た。病身らしい中年仲仕は、将棋の駒のように、わけなく倒れた。

「五人も、ずらかるのに気づかんなんて、貴様は、鉛か。……どうも、昨夜、玉井の様子がおかしいと思うた」

助役は、ばりばりと、歯がみをした。

独身者ばかり、六人が、この部屋にいるのだった。六畳、四畳半、それに、台所がついていて、男の手で自炊をしている。この六人のうち、三人が、昨夜、指名されていた。玉井金五郎も、その一人であったが、助役が手筈どおり、起しに来てみると、六人のうち、五人の姿が見えないのである。