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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
「そんなことないわよ。理不尽なことには、泣き寝入りせんだけよ」
広島の山奥から、兄を頼って来て以来、十ヶ月ほどになるので、マンの言葉にも、故郷の訛りがいくらか抜けていた。
長屋の灯が近づく。七色の虹のなかにある月が、しだいに、雲の厚味で、ぼやける。
「おマン」
「はい」
「お前、玉井金五郎という男を、どう思う?」
「どう思う、って、なんとも思わんわ、男っていうのは、誰も彼もおんなじ、みんな、きらいよ」
「あの男、癪にさわる。このごろ来たばっかりなのに、俺よりも、三分も余計に取りやがる。おまけに、今夜も、残されよったが……」
マンは、ぶつぶつとぼやく兄の横顔を、ちらと見た。その眸には、軽侮のいろがあった。
「明日は、また、喧嘩か、畜生」
林助は、やけのような声を出す。
長屋に帰った。
一番鶏が鳴く。まだ暗い午前三時の空気を、羽ばたきの音がゆるがせる。提灯をつけた大男が、長屋のせまい路地を走るように過ぎ、一軒々々、戸をたたいて、起して廻る。
「時間ぞ、時間ぞう」
静かであった長屋が、急に、ざわめきはじめる。戸をあける音、水をくむ音、火をおこす音、どなる声、走る足音。