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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

加十はそれが、急げ急げと阿鶴が合図するのだと思うからいよいよもって周章狼狽き、

「ああ、苦しいですか、もっともですもっともです、ざっと見積っても三十尺以上も墜落したのですから、多少苦しいぐらいのことはありましょう。それはともかく、蹴るのだけはやめて下さいね。これで充分急いでる積りなんですが、何しろどうも」

としきりに死人を宥めながら息せき切って踏み上るうち、ようやく有明荘の入口。

階段を駆け上って鶴子の住居の扉を押すと意外にも内部から堅く錠が下されている風で、押せども突けども開く様子がない。何しろこれだけの騒動があったのだから、立ち騒ぐ人の気配ぐらいはしそうなものだが一向そのような模様もなく、いわば闃々沈々と鎮り返っているのである。

加十は拍子抜けがして暫時は茫然と佇んでいたが、そうしていても埓のあく様子もないから、いささか焦れ気味になって壁のボタンを押して案内を乞うと、やや暫くののち玄関の間の廊下に閑々たる足音が近付いて来て、朦朧たる酔声を発しながら扉の向う側で応待するのはまさしく宗皇帝。加十は焦れ切って、

「もしもし、そんなところで廻りくどいことをいっていては困りますね。