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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

成程定刻には間に合わなかったが、それは俺のせいじゃない。正午の市会が夜中に始まるようなもので、こんなのが東京ふうだと思って貰おう。……それは兎も角、そもそも鶴が唄った曲は一体何だと思うかね、なんて問うだけ野暮で、学問のない諸君にあれがわかる筈はない。諸君の耳には阿呆陀羅経のように聞こえたろうが、あれは「還宮楽」という、そう容易くは聞かれない稀代の雅楽なのだ。伝えるところによればこれは陽列天の作で、漢王即位の時伶人この曲を奏し、一鼓を打って天下の和平を慶ぐという目出度い曲なのだ。時はあたかも一月元日、理屈は兎も角、青銅の鶴が還宮楽を咏ずるなんてえのは確かに何かの瑞兆に違いない。それに違いないのだが」

と、あとは独語のように、

「が然し、あの音声にちょっと気にかかるところがある。元来、壱越調呂旋であるべきこの曲が平調で唄われるさえ訝しいのに、宮声に凄切の気韻があったのはどうしたわけか。……ハテナ」

と腕を組んで沈思する体であったが、やがてバラリと腕を振り解くと、

「ウム、これゃいかん。俺はもうこれで失敬する」

と意味不明瞭なことを口走ると、そそくさと演壇を駆降り人垣を押分けて出て行ってしまった。