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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《治郎吉格子 名作短編集(一)(じろきちこうし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 178,609 字 · 362 頁

青空文庫

「百や……」

と誰かよんだ。――間をおいて、ひくい声で、

「百や……」と。

じっと、白い眼をあげて、闇をすかしていた百は、ふいに、泣き出しそうに、顔を引ッつらせて、

「わっ……お、お嬢さん」

「しっ、静かにだよ」

袂で、声を消すように振って、

「どうしたの、おまえ」と、旧師の娘――百が内弟子にいたころは、よく、喧嘩をしたり、子守をしたり、からかわれたり、からかったりした、お袖が、なつかしそうにそばへ寄って来た。

「面目ねえ、お嬢さま、殺して下さい、ぶち殺して下さい」

「およしよ、そんなに喚くのは。百や、ずいぶんおまえ、大人になったね」

「お嬢様も……大きくなりましたね」

「あ、見ちがえるだろう。だって、私ももう二十二だもの。お前より二つ下だね」

「まだ、お聟さまは」

「それどころじゃない、あれから後――そうね、お前が、家を出されてから後は、山浦家に、魔がさして、それはもう不幸ばかりが」

「して、お師匠様は」

「ずっと、ご病気つづきで、もう幾年も槌をとらずに、あの部屋に」

と、灯かげの隙洩る戸をさして、

「お病臥りになったきりなんだよ」

「では、すぐそこに。ああ、おなつかしい! こんな破滅でねえならば、たった一目でも」