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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《治郎吉格子 名作短編集(一)(じろきちこうし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 178,609 字 · 362 頁

青空文庫

治郎吉格子

立つ秋

立つ秋

湯槽のなかに眼を閉じていても、世間のうごきはおよそわかる――。ふた月も病人を装って辛抱していたこの有馬の湯治場から、世間の陽あたりへ歩き出せば、すぐにあしのつくというくらいな寸法は、なにも、気がつかずに立った治郎吉ではなかった。

素袷の肌ごこちや、女あそびを思わせる初秋の風は、やたらに、治郎吉を退屈の殻から唆った。

――で、無性に、あぶない世間が恋しくなって、有馬の槌屋を立ったのが七十日ぶりの爽やかな秋の朝で、湯治中すっかり馴染になった湯女のお仙が、彼の振分を持って、坐頭谷まで送ってくれた。

「もうこの辺で結構だ。お仙さん、また来年会おうぜ」

治郎吉がいうと、

「いえ、武庫川まで」

と、お仙は、いつまでも振分を渡したくないように抱えこんで、蛍草の咲く道をふんでいた。

「おこころざしは有難えが、そいつは、かえって名残がますというもんだ。宿でも、変に思うといけねえから、ここらで、帰った方がいいぜ」

「――だから、旅のお客は、たよりがない」

「どっちにしても、生涯、有馬にいるわけにはいかねえもの」

「わたしも、江戸へ、連れて行ってくださいな」

「じょ、じょうだんだろう」