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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《治郎吉格子 名作短編集(一)(じろきちこうし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 178,609 字 · 362 頁
と、治郎吉は、立ちどまって、髯の伸びた顎をなでた。
太左衛門橋の河岸ぶちである。道頓堀川を隔てて、芝居茶屋のお内緒の桐箪笥や、赤い座ぶとんや、長火鉢がのぞかれる。秋の陽がからんと、明るく映しているその家の土間障子には、大きな奴髷と、そばに自雷也床と書いてあった。
「ごめんよ」
がらりと開けて、棒立ちに、
「すぐ、やって貰えますか」
「お掛けなさいまし」
下剃が、腰の掛け場を片づけて、
「月代ですか」
「なに、こいつあ、このままでいい。髯だけだ」
「おひとり様だけ、お待ちねがいます。ま、いっぷく、お吸けなすって」
煙草盆を、そこへ出しておいて、下剃は、流し元で、青砥をすえて、ごしごしと、剃刀を磨ぎはじめた。二階がやわなので、地震のように、家がうごく。
治郎吉は、真鍮のべで、すぱりと、一服くゆらしながら、家のなかを見まわした。床屋といえば、江戸も上方も、似たりよったりなものだった。隅では、一組、将棋盤をかこんでいる。壁には、三座の絵番付やら、素人浄瑠璃のビラなどが、辻便所ほど貼りつけてあって、そのまえに、油染みた桐の櫛箱や、鬢だらいなどをすえつけて、今、一人の客の髪を結い上げているのが、親方の仁吉らしかった。