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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《治郎吉格子 名作短編集(一)(じろきちこうし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 178,609 字 · 362 頁

青空文庫

屋敷のひろい割あいに、女気は乏しいらしい。厨、風呂場、座敷、どうもそういう匂いがする。治郎吉は、すっかり夜更けの成算を立てて、奥の書院らしい、一間だけ灯のともっている座敷の縁下に、屈みこんでいた。

「ウ……聞いた声だ」

彼は、すぐ感じた。――それも生々しい記憶だ。

その男が座敷のうちで、いうのである。

「――旦那、もし、重松様。うたた寝をなすっちゃ困るじゃございませんか。ここはもう新町じゃございませんぜ。夜が更けますから仁吉も、お暇をいたします」

「……なんじゃ、帰る?」

これは酔っている。ひどく、ろれつが廻らない。

「仁吉」

「へい」

「帰ってはならん。ならんぞ」

「だって、旦那」

「ならんと申すに。女は、いかがいたした。女を連れて来い。女を」

「仲居は、御門前まで送って来て、もう帰りましたんで」

「あんなすべたではない。お喜乃をどうしたというんじゃ」

「どうも、弱りましたなあ」

「なにが弱る。そちが、たしかに、ひきうけておるのではないか。――連れて来い」

「でも、先は何しろ、素人ですから、そう御短気に仰っしゃっても」

「たわけが!」

起き直ったらしい。体の大きな侍とみえて、治郎吉の髷に、床の塵が落ちた。