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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《治郎吉格子 名作短編集(一)(じろきちこうし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 178,609 字 · 362 頁

青空文庫

「ほんとにさ! ね、治郎さん」

人通りが絶えていた。女は、ついと小戻りをして、治郎吉の袷の袂を、ねじきるようにつかんだ。

「……ね、治郎さん」

「よせやい」

胸へ、もってくる顔を、邪慳にかかえて、

「みッともねえ、泣くやつがあるもんか」

「わたし、行きたい」

「どこへ」

「どこへでも、治郎吉さんと、いっしょにさ」

「そんな約束じゃなかったぜ。……さ、人が通ると、評判にならあ、はやく、帰ンねえ」

「嫌! ……わたしは急に、帰るのが嫌になった。連れて行ってください、どこへでも」

「わからねえことを言っちゃ困る」

「だって、お前さんの足手まといにさえならなけれや、いいんでしょう」

「そうはゆかねえ」

嘆息のように言ったのである。

ありふれた湯女とお客の御多分なみに、ほんの、退屈まぎれな、いたずら心でした事を、軽く後悔するように。

第一、相手の女にもよる。こう、後腹を痛めるほど、値うちのあるきりょうとは、惚れられている彼の眼にも踏めていなかった。

「帰ンねえってことよ」

振分をもぎ取って、治郎吉は、先へ歩きだした。

女は、黙って、武庫川の見えるまで尾いて来た。――ちッと、舌うちを鳴らしながら、