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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《源頼朝(みなもとよりとも)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 頁

青空文庫

(蚊に喰わすな。――どこか悪いのではないか)

と、いつもそこに、馬と共に暮している鬼藤次へ、注意しに来るほどだった。

それほど、主人が愛している龍胆黒であることは、召使たちも知りぬいている事なので、今忽然と厩の中にそれが見えないのは、大きな驚きと不審であった。

「鬼藤次さん。鬼藤次さんっ――」

女童のふたりは、厩番の小屋へ教えに行ったが、そこにいつもいる鬼藤次までがいなかった。

草を喰わせに行くのも、配所の外まで曳いて出る例はなかった。朝夕の調馬は、主人の頼朝自身がすることである。

その頼朝は、持仏堂の窓で、きょうも写経にくらしている。その姿は、たった今、瓜畑から見ているので、どうしても不審が去らなかった。

「盛綱様へ、お告げしておこう。盛綱様はどこにおいでかしら」

「また、河原へ降りて、鮠を釣っていらっしゃるかもしれない」

「あ。そうだ。きっと」

駈け出してゆくと、雑木の崖際に行きあたる。下を見下ろすと、夕立にぬれた樹々の間に、狩野川の渓流が白く透いて見える

「盛綱様――。盛綱様アっ」

女童は、口のそばに、手をかこんで呼びたてた。

今の一夕立で、渓流は、すさまじく水音を高めていた。