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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《治郎吉格子 名作短編集(一)(じろきちこうし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 178,609 字 · 362 頁

青空文庫

「――助かる。背すじだ、薄傷だ」

来あわせた老人が、お信の黒髪を、膝にかかえ入れて、白晒布を、勢いよく裂いているのに、丈八郎は、初めてわれに返って、

「た、助かるでしょうか」

「切ッ尖だからの。もう二寸、肩へはいったら。――焼酎を早く、焼酎を」

「お信っ。お信っ……」

丈八郎の眼はうるんでいた。

医者がくる。お信は、意識をひらくとすぐ、

「姉さんは……」

と、ほそい声で、訊ねた。

「そんな事、訊いてくれるな」

夜具の下で、手を握りあって、丈八郎とお信は泣いた。――淫らをしたお八重こそあの場で、斬られてしまえばとさえ思うのだった。

(お八重さんが見えない――)

(男と逃げたらしい)

組長屋から、家中へ、そんな噂が、ぱっと立った。

傷は、日にまして快くなって行ったが、お信も、それを心に病むらしかった。兄に対して、何か、悔悟と、叱責を、恟々と待つ気ぶりも見える。

「兄は留守がちだが、お前は、いつも家にいたのだ。あの一角と、姉と、不義のほかに、何か事情でもあったのではないか」

丈八郎が、ある日、こう問いつめると、

「いいえ」

と、お信は、首を振った。

「ふいに、兄様が帰るとか、人が訪ねてくるといけないから、外を見ていよといわれて、いつも、垣根の所に、立っていただけです」