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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens

Aozora Bunko

皿は飛ぶ。

まるで、地幅が二尺も揺れているように、瓦が落ち、壁がくずれ、人間は、芋みたいに転がった。

「父上ッ。――この路地を。父上ッ」

助勢を、求めながら、外記は、雲霧を全力で離さなかった。

「ええッ、何しやがる」

びりッ――と合羽が裂け、雲霧は、七尺も先へ突ンのめって、腰を突いた。

赤ン坊が泣く。

声を聞いて、捕手が、

「逃がすなッ」

と、路地の口を塞いだ。

だが、そこの犇めきは無益である、雲霧は、ぱっと、台所から家の中へ駈けこんだ。追い縋る外記の肩先へ、梯子段の途中から、チカッと、後ろ薙に、脇差の光が走った。つづいて、煙草盆、土瓶、灯のついたままの行燈まで――手当り次第に。

そこに、落ちていた三尺帯を足ですくって、雲霧は、物干しから屋根へ、踊って出た。みだれる提灯を、眼の下に、すばやく、帯で嬰児を背なかに縛りつけた。息が、止まってしまったのか、子はもう泣きもしないのである。紐の端を、ぎゅっと結んで締めた胸で、雲霧は、俺は、この子の父だと思った。死ぬなら一緒に、と思うのだった。

「外記ッ。――不覚をとるな」

軒先の路地で、高梨小藤次の声がした。提灯の火光が下にも、屋根にも赤かった。