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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens
「?」
はっと、彼女はその人へ、顔を上げた。
燃える二つの眼が、上から、じっと、彼女を見ている。
仮面みたいに、硬ばった顔は、涙にぬれていた。――ぎょっと彼女が縫物と共に、飛び退いたせつなに、心蓮はいきなり、
「おうッ、お前はッ」
と、彼女の体を抱いたのであった。硬い髯がザラザラと、彼女の頬を所きらわず刺した。湯みたいな液体をもった瞼が、夢中になって、白い頸をこすり廻った。
きゃッ――
ころころと行燈の灯皿が輪を描いて土間へ転げ落ちた。
「娘、娘」
さっきから外で、下駄の歯の雪をたたきながら、こう呼んでいた十徳着の老人は、戸を開けると、不審そうに、
「オヤ、灯明が消えた……」
吹雪が、土間の中へ、斜めに、白い光の縞を投げこんで、妖しげなすすり泣きを吹き攫った。
「どうしたのだ。娘……娘……」
「お父様ッ」
泣き声と一緒に、彼女は、老人の胸へ飛びついてきた。
「これ、どうした。――お前、泣いてるのか」
「お、父様ッ……」と、彼女は、極度な感情に、全身をふるわせ、父を怖れる眼で、父を疑った。
「何で泣く。わけをいえ、何で泣いておるのじゃ」
「私にも――分りませぬ――お父様、聞かして下さい。